講者:曾山 毅(日本九州產業大學商學部教授)
時間:99年3月22日(週一),上午10-12時
地點:政治大學歷史系會議室(季陶樓340423室)
演講題目:日治時期臺灣觀光與旅行的行程與展開
訊息來源:http://www.history.nccu.edu.tw/news/news.php?Sn=92
「日本統治期の台湾における観光・旅行の形成と展開」について
九州産業大学商学部准教授 曽山 毅

Ⅰ 自己紹介と研究の立ち位置・先行研究にみる方向性
○経歴    学部:経済学、社会学    大学院:社会学研究科(観光研究)
○研究テーマ: 「日本統治期台湾における観光・旅行の形成と展開」
○研究の発端: 北投温泉に関する関心
        『旅程と費用概算』(日本旅行協会)における旧植民地関係記述の発見
→ 日本植民地期の台湾における旅行・観光を研究する可能性
○日本植民地における旅行・観光に関する先行研究とその方向性 
・植民地下の朝鮮、満州を対象にした日本人観光に関する研究
  荒山正彦「戦前期における朝鮮・満州へのツーリズム」(『関西学院史学』26 1999)
       「戦跡とノスタルジアのあいだに:「旅順」観光をめぐって」(『人文論究50(4) 2001』
  有山輝男『海外観光旅行の誕生』吉川弘文館 2002
  高媛「「楽土」を走る観光バス」(『岩波講座近代日本の文化史6』岩波書店 2002)
・各植民地の文脈(状況)において、旅行や観光を考察した研究
  松金ゆうこ「植民地台湾における観光地形成の一要因」:嘉義市振興策として阿里山観光」(『現代台湾研究』22 2001)
  李良姫『金剛山観光の文化人類学的研究』(広島大学大学院博士論文 2004)
・ 鉄道史関係の先行研究
高橋康隆『日本植民地鉄道史論』(日本経済評論社 1995)
高成鳳『植民地鉄道と民衆生活』(法政大学出版局 1999)
Ⅱ日本統治期の台湾における観光・旅行を研究することの意義は?
○ 『植民地台湾と近代ツーリズム』の構成
目次
序  章
第1章  統治基盤の確立と近代ツーリズム
第2章 台湾植民地鉄道の展開
第3章 鉄道旅客輸送からみたツーリズムの発達
第4章 旅客輸送機関の変遷とツーリズム
第5章 旅行目的地の形成とツーリズム空間の拡張
第6章 山岳地域におけるツーリズム空間の形成
第7章 ツーリズムにおける〈台湾〉と〈日本〉
終  章

○研究の目的

土着的な従来の旅行のあり方とは異質な、旅行を量的に拡大しかつ円滑化するような交通基盤の整備をはじめとした近代的な旅行支援システム、その形成と発展を「植民地台湾」において明らかにする
○研究の意義
当初は「観光研究」(観光学)として取り組み、「観光研究」という制度(博士・観光学)に拠った
→ 本研究の意義・位置づけの把握が不充分(先行する研究や「知」との関係において)
「植民地研究」あるいは「台湾史研究」おける位置づけを明確化する必要性

○『植民地台湾と近代ツーリズム』の学界における認知と位置づけ -『史学雑誌』の場合-
  「近代」と密接に絡んだ研究対象として、「観光」という行為についても植民地的文脈からの検証が始まっている。曽山毅『植民地台湾と近代ツーリズム』(青弓社)は、日本統治下での鎮圧・支配目的による交通基盤の整備をはじめとして、近代的な旅行支援システムの確立を考察した上で、統治側の日本人のみならず、台湾人の寺廟参詣をも含む観光行動を観光学の立場から論じている。
 洪郁如「中国-台湾(2003年の歴史学界回顧と展望)」(『史学雑誌』113編第5号)、2004年、261頁)
  →「台湾史研究」

○『史学雑誌』にみる台湾史研究の日本の歴史学会における位置づけ
1999年  「日本」ー「近現代」
       「中国」ー「現代」

2000年  「日本」ー「近現代」
       「中国」ー「近代」ー「台湾」
2001年  「日本」ー「近現代」
       「中国」ー「近代」ー「台湾」
2002年  「日本」ー「近現代」
       「中国」ー「台湾」
   駒込武「台湾史研究、この10年、これからの10年(報告資料)」
   (『日本台湾学会設立10周年記念第10回学術大会報告者論文集』)

○『植民地台湾と近代ツーリズム』の学界における認知と位置づけ 
-『日本植民地研究の現状と課題』の場合-
植民地における資本主義の様態を、経済史研究とは異なる関心から問題にする動向がある。植民地という条件下では、資本主義が生み出す不可逆的変化が、人々の感覚や情動にいかに作用するのか。この問いかけは、表象分析にとどまりがちなポストコロニアル研究を内在的に批判し、経済史的な研究との交流の可能性を示唆する。その徴候は、たとえば観光をめぐる諸研究の高まりにうかがえる。オリエンタリズム批判以来、植民地の観光開発や日本国内の植民地表象(博覧会など)は文化的支配の代名詞となったが、近年では観光の基盤整備の実証的な分析に加えて、被植民者を含めた具体的な観光行動が検証され、現地社会の変容や抵抗の可能性についても論じられるようになった。
 戸邉秀明「ポストコロニアリズムと帝国史研究」(日本植民地研究会編 『日本植民地研究の現状と課題』アテネ社、2008年、67頁)
   →「日本植民地研究」

○「日本植民地研究」の二つの立場
1.帝国主義論の観点に立つ植民地研究
宗主国の政治・経済状況によって説明される植民地
経済史的研究・政治史的研究が比較的多い
日本史(=一国史的)の枠組み
各植民地・地域史的文脈の欠如
2.「帝国史研究」(駒込武・安田敏朗ら)
①複数の植民地・占領地と日本「国内」の構造的連関を究明
②宗主国と植民地の影響関係を相互規定的にとらえ、特に植民地の状況が宗主国に与えた影響に注目
③政治史や文化史の領域を積極的に解明
④自明とされていた民族・文化概念が、歴史的に植民地支配と不可分に形成されてきた過程を重視

○まとめ
・日本植民地における旅行・観光に関する先行研究とその方向性
A植民地を対象にした日本人観光に関する研究
B各植民地の文脈において旅行や観光を考察
・『史学雑誌』における台湾史研究)
 A日本史―近現代史
 B中国史―台湾史
・日本植民地研究の二つの立場
A帝国主義研究
B帝国史研究・ポストコロニアル研究

Ⅲ 今後の研究の方向性・関心
1.植民地台湾の文脈からの解明
①台湾人(「本島人」)の観光・旅行・余暇体験
 ・学校と旅行の関係  ・宿泊施設の形式
 ・宗教と観光の関係  ・食文化
 ・植民地における社会的位置と旅行の関係など
 ・「台湾土着の文化」、「中国伝統の高文化」、「日本文化」、
  「欧米文化」などの各要素がどのように絡まるのか
②特定の地域を重点的にとしてとらえる

 ヒヤリング、日記、各地の文献資料 
2.台湾と日本の双方向の移動
 ・台湾人の日本への旅行、日本人の台湾への旅行
 ・中国大陸から台湾・中国大陸への旅行
 ・命令航路、国際航空路

○ インタビュー調査について
新竹(竹北) 6名(2009.2)
宜蘭・羅東23名(2009.2、2009.11)
対象:日本統治期に旅行を経験した台湾人 1916年~1933年生まれ
1910年代生・3名、1920~24年・3名、1925~29年・16名、1930年~・7名 

インタビューに応じた対象者は比較的裕福な家庭
一部の裕福な家庭以外は、修学旅行と遠足以外は旅行の機会はあまりない。
とくに農村社会では旅行を行う機会、時間、金銭的な余裕は存在しない。

温泉利用における台湾人、鉄道利用の等級(二等・三等)における日本人と台湾人
 
○台湾の温泉
・日本統治期までに発見された温泉は全島で70か所程度
・代表的な温泉地
 北投温泉(33軒・1935年)  草山温泉(5軒・同年) 関子嶺温泉(4軒・同年)  
礁渓温泉(4軒・同年) 四重渓温泉(3軒・同年)
同時期の九州の温泉旅館 800軒以上 最大別府温泉300軒以上
→ 台湾人による利用は少ない

「B氏によれば、温泉の利用者は日本人が多く、台湾人は改姓名を行っているか公務員の家族でないと入れなかった。G女史も家族と礁渓温泉によく行ったが、宿泊はせずに公衆浴場を利用している。礁渓温泉の場合も大方は日本人で台湾人は役場勤務か教員でなければ行けなかったと言っている。」 曽山毅「日本統治期の台湾における旅行と観光のオーラルヒストリー(Ⅰ)」(『商経論叢』50-2 pp.180-181 九州産業大学 2009)

「一般の台湾人が温泉を利用することをはばかれる雰囲気があったことが想像される。もともと入浴する習慣を持たない漢民族には温泉利用者が少なかったと思われる。そして台湾の温泉は当初から日本人が温泉浴を楽しむ特権的な空間として開発されたのである。そうした中であえて温泉を利用しようという台湾人は、日本的な生活習慣を取り入れうる特権的な台湾人、すなわち日本語を自在に使いこなせる役場職員や教員、改姓名を行った者などに自然と限定されていったのではないか。こうした事情が不文律化していったのではないかと思われるが、これについては今後検証する必要がある。」曽山 前掲論文p184